NO.17

クウェー川に掛かる鉄橋は、今 ほとんど観光用に使われてる。周りには公園が整備され、美しく平和である。連合国側の作った戦争のモニュメントには捕虜として、この橋建築の為に労働を強制された人の数や犠牲になった人の数が刻まれていた。
ただ、現地の人の犠牲者の記載はない。
2万人の人がここで命を落としたと聞く。。
橋を向こう岸まで渡り、振り返ると穏やかで美しい光景が広がっていた。

橋の左側は花の咲き乱れる公園、太陽が煌き輝く水面、橋に覆い被さるような緑の木々、すずしい風。
戦争当時の凄まじい光景は想像できない。
あの映画の場面を思い浮かべながら、ゆっくりと橋を眺めた。
観光客も橋を最後まで渡る人は少なく、ひっそりと静かだ。
このたくさんの犠牲を払って構築された鉄道が、殆ど機能していないことは本当に残念だと思う。
戦争当時、日本は東南アジアで輸送手段を確保し、戦争を優位に戦うために鉄道を造りたかった。
物資を安定的に輸送する手段として、有効だったのだから言い換えれば、平和な現代でも条件は同じだと思う。
しかし、現在のミャンマーの情勢等から、この鉄道を使う事はできない。
線路の先は閉鎖されているのが実情である。。
残念と言うより、苛立ちさえ覚える。
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