No.7


インド門から北へ向かい、オールドデリーの手前で右折してラージ・ガートへ。
ラージ・ガートはマハトマガンジーの墓です。しかし、ヒンズー教の習慣に従って荼毘に付された後、灰は聖なる川ガンジスから海に撒かれたそうです。ですからお墓と言うより記念碑のある公園と言った方が良いのでしょう。

左の写真の墓碑の手前では靴を脱ぎ飲食や喫煙を慎み、マハトマガンジー氏に最大の敬意を表します。マハトマとはヒンズーの聖人(偉大なる魂と言う意味)死して後に与えられた称号だそうです。

ガンジー氏は非暴力・不服従により、インドを独立へと導きます。この間の闘争はあまりにも有名ですが、私はガイドによって、彼が殺されてしまった意味を改めてインド人の観点から知らされました。
インドは80%のヒンズー教徒、10%のイスラム教徒、残りがキリスト教、シーク教、仏教信者と多民族の国。彼は、結局このマハトマ・ガンジー氏が今のパキスタンを(イスラム教徒の国として)認めた為に今日の紛争がある、だから、本当にマハトマだったかと言うと・・と最後の方の言葉を濁しました。

現に今起こっている、アフガニスタンやパキスタンの紛争、アメリカでのテロ等にもインドの存在がどんなに大きなものか、思い知らされています。あの時私はこの場所にいて、このガイドの複雑な顔が(下を向きながら喋っていましたが)周りの景色よりも印象深く心に残りました。この10日後にはあのWTCに飛行機が突っ込んだ衝撃の映像を見る事になりました。

もちろんガンジー氏の生誕日10月2日はインドの国民の休日だそうですから、尊敬されるマハトマであることは間違いありません。
インドの人々が何人かお参りに来ていました。
私は少しだけそよぐ風を感じながら、しばしマンウォッチングをしてしまいました。ここにお参りに来ている人々は、本当に庶民って感じでした。

次はタージマハールのモデルになったフマーユン霊廟に向かいます。
デリーの東を流れるヤムナー川に沿って南へ5キロほど下ります。その途中で車の渋滞を目にしました。ガソリンスタンドで給ガス(給油ではない)をしようとしている車の列でした。排気ガスで空気がこれ以上汚れないように、政府の方針でタクシーやオート力車はガスを使わなければならないのだそうです。ガスが品薄だから、こういう風に長蛇の列ができるのでしょう。
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