No.9 ピサの斜塔への憧れ
小学校の何年生だったかはっきりしないのですが、父が私のために毎月雑誌を講読するように手配してくれました。それは、世界の歴史的に有名な場所をイラストや写真とともに紹介するものでした。

毎月発行されたものを、専用の台紙に挟んで紐で綴じていくのも楽しみでした。

今でも強烈に頭に残っているのが、ベスビオ山の爆発のために逃げ惑うポンペイ市民のイラストです。

人が埋まっていた隙間に石膏を流し込んで、その当時の様子そのままに 人型として再現できるなんて・・信じられない思いでいっぱいでした。

ポンペイの次の刊がピサの斜塔だったと記憶しています。
傾いた塔の写真は(イラストだったかも)第1巻よりも衝撃的でした。本当にこんなに傾いた建物が倒れることなく、何百年もの間存在できるのだろうか。
いつか、この目で確かめてみたいと 子供心に切実に思いました。

しかし、そんな夢にみた実際の「ピサの斜塔」は予想以上に「世界の観光地」でした。
斜塔のあるドゥオモ広場への入口、サンタ・マリア門まで行くためには、専用のシャトルバスでしか行くことができません。しかも、そのサンタ・マリア門までの参道はいったい何処の国だろうか?と思えるほど世界各国のお土産物屋が並んでいました。

でも、緑の芝生に映えるドゥオモや斜塔が目に入った時には何もかもを忘れていました。
予想以上に傾いた斜塔にも驚きでしたし、大理石の建築物は絵のように美しいのです。

この塔の建設が始まったのが1173年、3層までを完成した時点で傾き始め、1275年から残りの3層の建築がに再開されました。14世紀になってやっと完成したというのですから、イタリア人はすごいというか、度胸があるというか・・感心してしまいます。
トスカーナ州のピサは当時から科学の分野で、最先端の能力と技術が結集する場所でもありました。傾き始めたものを土台にして、更に残りの層を重ねるなんて、日本人には決してできないことでしょう。

優秀な科学者集まっていたピサには、かの有名なガリレオもいました。
彼がこの斜塔で、鉄の球と木の玉を落として、落下速度を試したと言うのはあまりにも有名な話です

塔の南側が55.65メートル、北側は54.8メートル、294段のらせん階段で塔のてっぺんまで登ることができます。私も是非上りたかったのですが、そのためには事前の予約が必要で、今回は間に合いませんでした。
ここにアクセスして、16日前から45日前までの間の希望日のチケットをクレジットカードで購入しておけば良かったのですが。
次回は是非そうしたいと思います。



私は暫くこの場所で芝生に座って、じっと斜塔を見上げておりました。お天気が良くて、ここを訪れた人たちの中の何人か、私と同じように芝生に寝転がって斜塔を見ていました。

平和で美しい時間をここに居る人たちと、共有できたことがとっても嬉しく思えました。
何しろ、小学生の時から抱いていた夢が適った一瞬でしたもの。。


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